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    蒼息吐息 その3



    仕事が終わり、作業場でダバダバ顔を洗っていると、父が言う 。

    父 「お前、変わったことしてんなぁ。」

    私 「何が?」

    父 「メガネかけたまま、顔洗うのか。」

    私 「・・・ですよね。ちょっとは違和感あった気もするよ。多分・・・・。」



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    お疲れ、私。

    過去記事を振り返ってみると、毎年この時期はおんなじようなことを言っおりますな。=ム=;)進歩ナシ

    ここを過ぎればひと段落。ここを過ぎればひと段落。

    そう言い聞かせて、息つく間のないまま早10か月。そろそろこの自己暗示も薄ら寒くなってきましたが、いつか全てから解放された日が1日くらいヒョッコリ訪れるのじゃないかと、心のどこかで期待している私はアホなのか。

    『お前さん、修行僧みたいだねぇ』と、山の写真を撮りに来るS氏が言う。

    えぇ、清貧もいいとこです。 (`(エ)´)ノ全くもって儲かりませんし

    また若者の精神衛生上、お前さんは不健康だとも。

    そこは大丈夫。そろそろ若者ゾーンからフェードアウトする年齢になったので・・・。

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    対面式でモノ売る野菜の直売農家はオーケストラを振っているよう。さまざまな音色を繰って一つの曲に仕上げるのと同じく、あれやこれやの品で一つの季節を描こうとする。一つの野菜が走りすぎてはいけない、また、ノリ遅れてもいけない、全体をまとめるバランス感が大事。

    はい、そこ、もっと膨らませてー。あなたはもっと歯切れよくー。君はゆっくり入って、そこから徐々に強くー。

    品目を増やすのは楽器の種類を増やすこと。一つの品目で品種の幅を広げるのは、同じ楽器のパート分け。高音、低音、ピッチ。 そして、それら一つ一つの音を精度よく高めてあげること。

    マーラーの千人交響曲を振ってる気分。・・・えぇ、気分だけはね。 内容伴わん。そして、あちこち決壊・・・。



    もう少し、もう少し。神経を切らさない、切らさない。


    そして、気づくころには年が明けてるっていう・・・ (;´д` ) そんな気配濃厚。
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    石の上に咲かせましょう


    石の上にも3年な百合

    セラノ1 セラノ2

    先の夏季直売で、始まったばかりのころからお出で下さった方は、丈を短く詰めたこのユリを目にされたかと思う。

    まだ球根を大きくする段階中であるゆえ、葉茎を残し養生にあてるため短く彩花したのだが、一輪挿しや小ぶりのグラスに差すテーブルフラワーとして多くの方に愛でられた。

    品種は『セラノ』という。花径の大きさはカサブランカにも劣らない華やかなボリュームである。色もまた、いい。蕾姿は淡いクリームなのだが、花開くとやや濃いめの黄色となり、蕾から開花への転調が美しい。そしてなんといっても香りのいいこと!

    さてこのユリなのだが、じつは父が「木子」から育てたものである。

    ユリを育てたことのある方はご存じだろうが、百合は地際の茎元あたりに小さな小さな子球、「木子」が着生する。

    それを採って植え、養成に努め、現在2年目にあたるのだが、今年の具合を見ていると、来年の夏にはずいぶん立派な花をつけてくれそうな塩梅である。

    そんなユリなのだが、栽培を始めるに当たっては一悶着があった。


    ・・・木子から作るということについて、母と私が猛反対したからである。



    おそらく、父がモットーとしていることの一つは、「今ここにあるもの」だけで、最大限の結果を得ること、だろうと思う。直接聞いたことはないが、仕事はもとより、生活の随所にも、そう思わせるいぶし銀の工夫をちりばめている。また、「今ここにあるもの」を消耗させないための工夫もしかり。

    そんな心情を傍らに、彼は小さなことから、けっこう大がかりなことまで地味な偉業を成してきた。

    一例あげると、家の敷地に割と大きな昔ながらの蔵があるのだが(小ぶりな2階建て住宅程度の大きさです)、今住んでいる住居を建てるにあたり、人力で移動させたという。数センチとかの単位ではなく、30メートルくらい。しかもこう配のあるところを。

    むろん、「今ここにあるもの」だけで。

    どうやって移動させたかを聞くと、「なに、昔のエジプト式さ。あと、なんちゃらの力学な。うちにあるもので済むよ」と、事もなげにいう。それ以上突っ込んで聞くと気が遠くなりそうなのでは聞いてはいないのだが。

    農家におさめておくのは社会的に損失だとさえ思うときがある。


    そんな彼が「今ここにある木子」に目を付けたのは当然のこと。

    母と私がこれに反対したのは、ものすごく時間がかかることが見込まれたからである。

    父の「今ここにあるもの」方式は、『必要とされる時間』という観念がものすごく薄い。付き合っているとグロッキーになるほど時間がかかるのだ。が、彼はこう一蹴する。

    「俺らの場合、時間からは金をとられないからな、はは。」と。


    ・・・はい、この辺りに、いつまでたってもキブンヤがキブンヤから抜け出せない根幹があるわけです。(; ̄ー ̄A  まぁ、良くも悪くもですがね。。

    家の解体工事(←以前住んでた住居の解体工事は彼が一人でやりました。使えるものはとっておき、ゴミを出さないやり方で。そこらの解体屋よりすんごく丁寧でした。)や、蔵の移動はまぁ、それでいいかもしれない。

    が、畑の事情は少々それとは異なる。植物と畑は生き物ですから。


    実は、彼は以前にも百合の増殖に取り組んだことがあった。『鱗片ざし』というアナクロな手法で。子細は省くが、6年くらいはかかっただろうか。

    諦めるまで。

    鱗片ざしから得られる球根は、木子よりはるかに小さい爪先くらいのミクロなものである。

    そんなものをうちのズボラな管理で養ってやることは到底できず、ウイルスに羅病し、百合のみならず、次第に畑は草に埋もれ、5年の期間をかけて畑ひとつを野山に変えていった。畑に戻すのにどれほど時間がかかったことか・・・。畑の中に木まで生えてましたからね。(; ̄ー ̄A  あれは、時間と手間と畑を虚無に捧げた供物です・・・。

    彼にはそういった類の前科が複数あり、よくよく巻き添えを食ってきた。そんな訳で、今回の木子からの増殖は阻止せねばならぬと業を煮やした次第である。

    私 「父さん、木子から増やすのはやめよう。まさか鱗片ざしの結末を忘れたわけではないよね?またあんな風になっちゃうよ?大変よ?私は一切関知しないからね。もしまた畑が荒れて、野山になっても一人でどうにかしてください。その際は通常業務に差し支えないように、畑の仕事が終わった後、一人で深夜にでもやってね?」

    父 「おぅ、わかった」

    コラー o(`Д´#)o  わかるなー!やめろっつーの!

    私 「ねぇ、そもそも木子から成株になるまで何年かかるのよ?」

    父 「どれくらいだろうなぁ。やってみないと・・・・」

    やってみられた後では遅いのだ。私はすぐさま県の栽培技術指導部に電話を入れて尋ねてみた。

    技術指導の人 『え?木子から?買った方が安上がりだと思いますよー。現実的ではないですねぇ。県下で百合を作っている人が多くないから私も詳しくはわからないけど、3年はかかるんじゃないですかねぇ。』

    ほーらごらん。3年あれば野山だ。そのうちトトロが湧いちゃうよ。

    私は電話の内容を水増し、4年はかかると伝えた。

    父 「そうかなぁ、そんなにかかるかぁ・・・。」

    私 「ね、だからよそうよ。また野山化するよ、きっと」

    父 「そうだなぁ・・・」

    一瞬ひるんだ所を狙って、私は母に垂れ込み、「まぁ!父さん、またそんなことをやろうとしてるの!」と、うまい具合に乗っかってくれたため、二人してギャーギャー騒ぎ立てたのである。


    セラノ3

    と、何だかずいぶん長い話になったのだが、結果としては先の通りである。

    彼は数日後、何も聞かなかったかのように木子を植えだした。一瞬、ボケてしまったのかと思ったが、正気のようである。 人はあまりにも度が外れると、モノが言えなくなるようである。怒る元気も失せ、諦めて黙って手伝うこととした。被害が最小限で済むようサポートすることにハードルを下げたのだ。

    せっせと草をとり、一年が過ぎた。

    ユリの畑はまだ野山とは化してはいない。まだ畑が畑としての機能を保っているうちに、さっさとユリがウイルスにでも感染して、諦めてもらうことを穏やかに願っていた。

    翌春、露地の百合の芽吹くころ。

    期待に反し、芽吹いた芽は立派なものであった。目を疑った。OTの系統のため生育が早かったのだ。養成2年にして、写真のように6輪そこそこのボリュームのものもあった。

    父は「今ここにあるもの」に満足そうな笑みを浮かべている。


    嬉しい反面、悔しさも混じる複雑な心持ちであるが、今回は石の上にも3年と、胸にひっかけておくこととしよう。(採算が合う合わないは別としてだけど。

    日々、暑い暑いとうなだれながらも、来夏の百合の咲く所をほんのり期待して待つ自分にも、もうそろそろ愛想を尽かせた方が身のためではなかろうかねぇ。

    カサブランカ カサブランカ2


    私信、M女氏宛て。
    露地のカサブ。冬に作るハウスの百合の切り下球を露地に植えたものだけれど、1年据え置いたらすんごいボリューミィーになりました。でも開花進度が冬と比べて早くって。野菜で手一杯で切り洩らしました。畑一体にすんごく良い匂いが立ち込めてましたよ。トホホ。

    渋まで愛して

    家の裏に小さいながらもハウスというものが出来てから、1年を通してトマトに触れることになった。

    当園が用いるトマトの作型は、収穫時期で言うと5月~7月までと、11月から2月までの2期になるのだが、樹を育て、花を咲かせ、実を付け、収穫が始まるに至るまでにはかなりの時間を要す作物ゆえ、各収穫期の終盤頃には、次作に向けての種を蒔き、苗を育てなければならない。そんな訳で、一年を通してなんらかトマトの生育ステージに触れている。結構慌ただしい作型である。 (ハウストマトの場合は12月から6月まで収穫する作型の方がポピュラー)

    小規模なハウスとはいえ、そこから学び、考えさせられることは非常に多い。

    栽培面で言うと、ハウスという人為的な空間の捉え方、そのコントロール、また、通常の土耕の栽培とは異なる隔離培地と、それによる固有の障害との向き合い方等々。

    販売面で言えば、夏が旬と定着した中にあって、冬にトマトを売るとはどういうことか。

    夏場では、ハウスと露地と両方併用してトマトを作るが、その品質の違いをどう捉えるか。 

    品種のすそ野が広く多様性に富む文化的な作物であるにもかかわらず、桃太郎に代表されるピンク系トマトが大多数を占め、甘みにのみ価値観を置いた日本固有のトマト文化とどう折り合うか。 (いつも易きに流れてますが・・・) 

    まぁ、考えるに事欠かない。さまざまな事象をはらんでいる。

    よくよく、『作物は自分の愛する子供のようですね』、と言われるのだが、いえいえ、とんでもない。作物は農家を育てる親です。彼らから学び、私は教えを乞う立場。栽培に当たってはお世話をさせて頂くというスタンスである。

    そんな示唆に富んだトマト様なのだが、別次元で少し困っていることがある。



    shibu.jpg
     

    トマトの樹の渋である。トマトの樹に触れたことがある人はよくお分かりだろうが、トマトの樹にはジットリとした渋(と言っていいのかわからないのだが、話が進まないので渋としておく)があり、ちょろっと触れただけでも手が黄ばむ。

    それが仕事となり、ちょろっと程度ではなくなると、黄ばむを超えて写真のように妖怪じみた手になる。

    そして、それがなかなか落ちない。 日頃から土弄りによって指先はカッサカサ。無数のヒビが入り固くなってしまったところに染み込んだ渋を綺麗に落としきることは不可能である。

    以前、肌のセラピストなる人が「手は皮膚の中でも、もっとも酷使された可哀そうな肌です。優しく洗ってあげて、お顔を拭くのと同じくらいに、柔らかなタオルで包むように拭いてあげましょう」と、述べていたが、

    トマトの仕事を終えた後の渋落としはタワシで「ゴリゴリ」である。ただの「ゴリゴリ」ではなく、その前に「ン」が入る力の込めようである。

    でも、夏はまだいい。しんどいのは冬である。ただでさえアカギレをこさえて痛い痛い言っている指に食い込んだ渋を落とすのは、いい年こいたおっさんがハンカチをかみしめヒロインさながら「ぅぅ」と呻きたくなる。 ナウシカ様のごとき伴侶がいれば、「働き者の手ですわ」と言ってくれるのかもしれないが、今のところそんな人はいないので、 単なる薄汚い手である。


    それも一年中・・・。


    ヽ( )`ε´( ) ヘンっ
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