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    そろそろの真偽

    私『今年はいつから始めるかなぁ』

    父『そうだなぁ、そろそろじゃないか?』

    私『あのさ、3日前に尋ねた時も、その答えだったよ。』

    父『じゃぁ、本当のそろそろだ。』



    ・・・えぇっと、「本当の」そろそろだそうです。芍薬。


    お天気に丸投げの露地栽培ゆえ、スッパリとした案内ができず申し訳ないです。早い年では4月17日から始めたこともありました。今年はだいぶ遅れ気味です。あ、いや、去年も5月入ってからでしたね。去年、今年と続くと、標準も何もあったものではないな・・・。

    4月30 暁

    これではまだ固いし・・・。

    5月3日±1日頃からかなと思うのですが、また改めて。
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    アクセスのない直売所・芍薬直売についてのお詫び事


    諸般の事情により、当園は『アクセス』を設けていない。過去記事参照

    そもそもの話が、このブログやHPは直売所にお越しいただいたことのある方を対象に、もうチョイ知ってもらえたらという具合に作ったつもりである。だもんで、アクセスを設ける必要もないのだ。

    が、例外があって芍薬の直売の時のみ、これまでは地図をブログに張り付けてきた。これは販売場所が2箇所に分かれ、午前と午後とで販売場所が異なるので、季聞屋をご存じの方でも必要ではないかと思った次第。

    だが、これに付随して、かなり遠方より足を運んでくださる方もおられたようである。


    茨城から来ました!

    道に迷って4時間かかった!

    静岡から新幹線で・・・

    etc

    ヒィー!チガウチガウ ヽ(;´Д`)ノ そ、 そんな遠方からはるばる来てもらう程うちは御大層な直売所じゃありませんぜっ。キブンヤだてらに


    ・・・これはかえって申し訳ない。むしろ知らない方が遥かに幸せ


    今日はこんな品種が切れてます、だとか、今日は品種の切れ間で品数少ないですとか、そういった細かなことをタイムリーにお伝えできればよいのだけれど、なにぶん夏野菜の仕込みと相まって頭の配線もブチブチ切れてる有様のため、到底不可能。

    中には観光農園と勘違いされた方もおられたのだが、切り花の直売である。芍薬の花咲く姿を間近で見てもらいたいとの思いもあるけれど、全員そろって畑を歩かれたのでは土を固めてしまう。観光農園仕様のような広い通路をとっていないのだ。芍薬と芍薬との間を歩くのには、それなりの「歩き方」がある。ゆえにご遠慮いただいている。

    はるばる来ていただいても、それに見合った対応ができず心苦しいため、今回からは芍薬の販売時もアクセスは設けないこととさせていただく。ごくごく小さな作り手ゆえ、何卒ご理解、ご容赦下ださいませ。




    ・・・それにしても、うちは引き篭もり感たっぷりだな。(*´σー`)自閉農家


    君に花を(2

    七重八重、花は咲けども山吹の、みの一つだに・・・な、図。

    山吹

    自宅の山吹が花盛り。


    私用で誰かと会うときは、相手がもらって困るという場合を除き、必ず花を持ってゆくことにしている。

    格別ジブリ映画が好きだというわけではないのだけれど、『思いでポロポロ』の中で、昔の紅花農家の女性は、とげに痛い思いをしながら花を摘むというのに、貧しさ故、一度だって自分のために紅をひいたことはなかった、というような哀しい下りがあり、これを見たとき

    あ、花農家はこうなってはならんという教えだな( ̄▽+ ̄*)

    と思い込みし、花作り始めて以降、出歩く際には何れか花を携えてゆくことを、やんわりとした信条とした。

    花を持ってゆくことが日常となった今では、『人は死んでから墓に花をもらうより、生きてるうちにもらった方がちょっぴり嬉しい』という、いささか打算的な解釈にまで拡大している。


    だが、幾らか若い部類にある男が花を持って歩く姿というのは、世間様には浮ついて映るようで

    乗った電車内で老夫婦が「きっと大事な日なんだろうね」とチラチラこちらを見ながら微笑んでいたり、
    下校途中の小学生群が走りざまに「あっつ熱つぅー」と囃し立てて行ったり、
    女子高生から「がんばってください!!」と無用に励まされたりする

    ・・・(;´Д`)ノ 私単なる切り花農家!(季節限定の)

    ・・・(;´Д`)ノ 死んで墓に捧げるより、生きてるうちに花を!


    そんなことを心の中で叫んでみても意味がない。

    先日もテレビで恋愛なんちゃらカウンセラーが「女性へのプレゼントに花を贈る男は一夜のあばんちゅ~るを求めた屑なやつである」と、全国ネットでご高説を垂れ流していた次第。例に従えば、私は大層な屑である。

    あのカウンセラーに似合うのはイヌフグリじゃないかしら。いや、イヌフグリも花はかわいいんですけどね…。


    もっと身近に花を感じてもらえたらうれしい。

    ゲウム・赤花かすみ・矢車

    だもんで、時間にゆとりがある時は男性のお客様にオマケで花を差し上げようと試みている。

    「例の直売所で小僧がこんな花をくれたよ」と言って、奥さんに手渡すところを想像して、一人で勝手に嬉しくなっている。

    プロポーズ向けのまばゆい花束なんてうちでは到底作れやしないけど、新聞紙に包まれた「日常の一輪」の豊かさも、また素敵なことだと思うんだ。



    あ、そうだ。山吹の話。

    個人的に大好きな花なんだけど、山吹というと必ず引っ張り出される太田道灌の逸話。蓑一つだに持ち合わせぬ貧乏農家が手みあげにするのは、逸話を地でゆくようで、やっぱりちょっと躊躇った。(でも、結局持ってったんだけど…。)

    いい色だよねぇ。

    旅する苗


    120325_163839.jpg
     

    先日、育てていた夏向けの苗を、あれやこれやと少しづつだが、茅ヶ崎で農業を営む青年の元へと旅立たせた。

    彼は農家の生まれではない。ごくごくふつうの一般家庭に生まれた。

    幼少期に触れた菜園の面白さから農業高校へ進み、その後、農大へ、そして実践向けの農家が行くような大学校(?)のようなところで、私は彼と知り合った。

    農家の息子が集まる学校の中にあって、非農家出身の彼がこれまで辿ってきた経緯を初めて聞いた時は、正直なところ、全く理解不能だった。作っているのは食い物でも、もっとも食えない仕事の部類である。そんなやつがいるものかと。星を間違えてやしませんかと。よりによってこんな職業に・・・という言葉が口から出かかったけど、初対面だったので危うく引っ込めた。だが、引っ込めておいてよかった。入学後、彼の熱意はすぐにわかったから。

    いつか農家になる時に役立てようと、まわりのクソガキがゲームソフトを買い集める幼少期から、ちびりちびりとお年玉やお小遣いをコツコツとためてきたという話を聞いたときは、胸を焼かれた思いがした。

    農家の子息たちと、「大根は何日に蒔き始めます?」といった会話をしていると、隣にいた彼が、『あぁ、いつか俺もみんなとそんな話がしてみたいなぁ。』と、羨ましそうに言った。農家のなんてことのない『日常』に憧れた青年。

    農家になりたいという人はいる。でもその大半は2~3本頭のネジが抜けていて、自然と戯れたいです(はぁと)なやつだったり、
    ネットに流れたオカシナ電波を拾っちゃったような、なんちゃら農法を掲げて他人を貶めてモノを売る、頭にモンシロチョウが舞っているようなやつだったりする。

    彼は、いつか自分で畑が持てたら、こんな作付にしたいんだと言って、ノートに綿密な未来の作付図をしたためていた。『冬はアブラナ系がどうしても多くなっちゃうからなぁ。大根はいくらか連作がきくとしても・・・、レタスとかはそんなに直売じゃ大面積使えるものでもないし・・・』なんて風に、まだ見ぬ畑を子細に描いては、遠い問題を楽しげに悩んでいたりした。

    いっそのこと、うちの土地を全て彼にあげて、私は彼に雇ってもらえばいいのではないか、なんてことを考えたりもした。彼が農業をしなくて誰がするんだろう。私はやらなくても、彼は絶対やったほうがいいもの。

    そんな彼は、学校を卒業してのち、トマトを作る会社に勤め、彼の地元の有力な農家のもとで研修を受け、25歳の若さで新規就農に至った。でも、彼にとっては随分と長い間夢見てきたことなのだ。一歩一歩を着実に、自分のできるところから少しづつ歩み、夢のスタート地点に立った。その一歩のなんと力強いことか。

    こんな奴は絶滅危惧種扱いか人間国宝か何かに指定して、みんなで守ってあげなければ。これはもはや国益にかかわる問題である。


    でも、そんなことはいらない心配事だった。

    就農初年は、ごくごく限られた小さな面積から始まった。その年の彼は、『もっと面積増やして、いつかは小さいながらもトラクターを買って、トラクターで畑を耕耘するのが、ささやかだけど夢なんだ』と言っていた。 現実面ではとても厳しい状況だったと思うが、愚痴めいたことは言わなかった。畑を仕事にできることが嬉しそうに見えた。

    それから1年が過ぎ、彼の人の好さから貸し手が増え、借りられた畑は総面積で6反近くになるとのこと。これはもう、けっこう遣り甲斐のある広さである。おぃおぃ、そろそろ本当にトラクターが必要じゃねぇか・・・。

    彼は今後どんな夢を描き、叶えてゆくだろうか、とても楽しみにしている。

    私も一歩一歩を着実に歩まねば。

    120403_095053.jpg 

    芍薬:養生3年目のミセスルーズヴェルト。今年はちょいちょい切り出すか。

    蒼息吐息(2

    ブログ復帰!!

    えー。皆様、ご無沙汰いたしまして相すみませぬ。

    この停滞について、長らく本ブログにお付き合いいただいている方は、『そういえば以前にもこんなことあったよね』 と、なんとなーくご想像がつくやもしれませんが、以前とほぼ同じ内容のプチ騒乱が再度起こりまして(→参照過去記事)更新が滞りました。申し訳ないです。いやぁ、進歩がなくて恥ずかしい限りでして。。

    あ、でも、今回はきちんと伏線を張り、種の蒔くものはきっちりと適期に蒔き(前回は種まき自体を放棄しまました^^;)、夏野菜の苗作りは着々と進め、一通り夏に向けた野菜作りの体裁を整えながらも、虎視眈々と『一時野菜を辞める。一応苗は育ててきたけどこれは未来のために破棄する』と言い出す機会を窺っていたのですが、


    ・・・苗を育てているうちに愛着が湧いてしまった。ヽ(´ェ`;)ノ す、捨てれん。

    にわか策士、策にどっぷり溺れる。 私は自分が思っていた以上に野菜つくりが好きだったの巻。

    冬の野菜の収穫を終えた畑はガラリとしていて、それはなんとも寒々しいものです。寂寞荒涼とした畑を見ていると、「あぁ、ここを夏の強烈な日差しを浴びた緑で埋め尽くしてぇ。(雑草以外の)」と心底に思ってしまった。

    夏野菜といっても、種の蒔き始めは1月の終わり。そう、ちょうど皆様方と『名残り惜しぅございます』と、お別れした冬の直売最終日頃に、夏に向けての種まきはスタートしていました。実物の類の野菜はかなーり時間がかかるもんなんですよ。

    外は寒風がすさび、小雪の舞う中、ビニールで被覆したハウスの中では、ひょっこらナスやトマトやピーマンが顔をのぞかせます。触れると、小さくってもしっかり、それぞれが独特のにおいを放っているのです。むせ返るようなその匂いは、特に寒かった今年の冬の中にあって、願ってやまない、強烈な日差しを思い起こさせる、抗いがたい季節の誘いでした。

    発芽 発芽揃い 鉢上げ前 鉢上げ後1週 ムスクラン 6葉展葉 発蕾 定植
    (1月終わりから3月22日までのトマトの生育ダイジェスト版

     
     こりゃ、やっぱりやらなあかんわ…。

    だもんで、今回の内乱は家族が荒れることもなく、私一人の中でぐるぐる回って過ぎました。そういえば最近息子の口数が少なくて、何だかちょっとヘンかも。程度なものだったでしょう。芍薬の直売はもちろんですが、夏野菜の方もガッツリやる予定です。良い苗に仕上がってしまったし。



    やりたいなぁと、かねてより思っている作物があります。現実的に考えると、もっと設備投資も低コストで高収益かつ、みんなが大好きという作物もあるのだけれど(というか苺ですね)、やっぱり私はやりたい。この花を。

    レッドスター


    あぁ・・・。言ってしまった。言ってしまったぞ。

    なんというか、片思いを打ち明けるにも似た心境です(笑

    ただ、恋は打ち明ければなんらか進退はあるけれど、仕事の場合そうはいかんのですよね。

    野菜作りの仕事は好きだし、回を重ねるごとにますます楽しくなってきてます。季咲きの花も大好きです。でも、やっぱり、なんです。

    このまま深みにはまってゆくと(特に野菜)、どこまでも奥底の方に沈んでゆきかねないので漏らしてみました。バラが好きなお客様におかれましては、時折『バラはやらんのか』と突っついて押し上げてやってくださいませ。かといって、また野菜つくりを中断しようなんてことは、もう考えませんから。野菜作りのない日々というのもまた辛いものなのだなぁと思い至った次第。バラはどこかで時間をやりくりしながら始めたいと思ってます。こ、今年こそ。まずは井戸ほりからだな・・・。それと下水管とおして、と。

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