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    2011 芍薬の切り花直売

    あ゛ー Σ( ̄ロ ̄lll)w


    ヘリテージ2011
     

    咲いてる!!

    ・・・ので始めさせて頂きます。



    下記日程より芍薬の切り花直売を致します。    


     5月1日~5月18日


    販売場所につきましては下記地図をご参照ください。

    なお、販売は午前、午後の2部制を取っております。時間帯により販売場所が異なりますのでご留意くださいませ。


    午前の販売 : 地図上で赤の印。 芍薬を栽培している畑での販売です。AM8:30~10:30

    午後の販売 : 地図上で青の印。 芍薬以外の小花を栽培している畑での販売です。 PM2:30~6:00まで
     


    より大きな地図で 芍薬の直売所へのアクセス を表示

    芍薬の販売期間は天候にもよりますが5月1日~5月18日頃までを見込んでおります。一つの品種につき、採花の期間はおおよそ3~4日です。足をお運びいただく毎に、異なる顔触れの芍薬をお楽しみいただけると思います。


    告知が昨日の今日のとなってしまって申し訳ないです。これからしばらくは芍薬に大きく時間が割かれるため、野菜の仕事を前倒し進めねば!と、もりもりこなして疲労ぎみでした。遅い夕ご飯時に口に物を含んで噛んでる最中に瞼が閉じてしまってご飯がポロポロと口からこぼれるというマンガのようなことを地でする日々。HPも更新したかったけど余裕ないなぁ。。

    切り始めは種類も、切れる本数も少ないので、私個人としては明後日ぐらいからと思っていたのですが、「全くない訳じゃないんだから始めたら?」という家族の多数決に押され・・・。2~3日すると種類も増えてくるんですけどね。。


    取り急ぎにつき、ご連絡まで 。



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    fall in love



    相模の白


    今まで全ったく意中になかった人なんだけど、ある時、その人の知らぬ一面を知ってしまって、急に意識し出してしまうこと。

    あれ?あの人にあんな一面があったなんて、そんな・・・。


    キュン ♪



    「仕事」として農業を始めたばかりの頃、栽培する芍薬の品種について考えた時、花弁数の少ない品種は全て潰して、華やかで花弁数の多い、豪華な品種だけに変えてしまおう、と思っていた。一重咲きの品種は、大輪で膨らみのある品種と比べると貧相に感じていた。面白味に欠けるなぁ、と。正直「嫌い」ですらあった。だって、同じ手間をかけるなら豪華な品種の方が作りがいあるじゃんね、って。


    でも、その 「きゅん♪」 は訪れた。

    芍薬の時期はいつも家にシャクヤクが活けてある。あ、ちがう。活けてある、というより雑然と「突っ込んである」に、近い。ごしゃっ、とまとめて、家族で「この品種はあーだこーだ」言い合うのである。

    だが、その一重咲きの「相模の白」はトイレの一輪挿しに活けてあった。

    小さな密閉された空間の中にポツンと。私と相模の白、マンツーマン。


    便器に腰かけながらぼんやり眼をやって、ふと、悪くない。と思った。

    すっきりとした咲型が清々しい。「白」という色合いの端正さが良く伝わる。一輪で映えてる。いや、一輪だから、か。

    これ、悪くないよ・・・。

    いや、むしろ良い・・・。


    キュン ♪

    「嫌い」だったものが一転して「好き」に変わる瞬間って、新たな自分発見のようで嬉しい。ホントにあるんだなぁ、と自分でも驚きでした。

    一重咲きって、どこか胸に沁みるものがある。大輪の品種が大きく花弁を広げて一方的に自己の主張をする花なら、一重咲きの品種は見る者との対話の余地を残している。シンプルな咲方を前にすると、ゆっくりとその輪郭をなぞることが出来るもの。じんわりと目に花弁の色が染みてくる。人に寄って添う咲き方。優しいね、あんた。


    ・・・最近、地味線が分かるようになってきた気がする。



    バジル類  ホーリータイプ / ダークオパール / シナモン / グリーク / レモン、

    グリークバジル 

    去年もそうだったけどハーブ類は基本的にサービス。量にもよるけど。そもそも、ハーブって自分ちの軒先やプランターに邪魔なぐらいにモサっと生えてて、ちょいちょい料理の都度摘むイメージ。そりゃ育てるのは時間かかるけど、なんか、あれでお代を頂くのは気が引ける・・・。スーパーで、「こんだけでどーしろと?」という量でパック詰めされて売られてるけど、あれを買うほどバカバカしいものはない。だから、皆、ハーブは自分で育てて下さい。笑 基本的に手間いらずなものがほとんどだしさ。

    お客さん皆がハーブを育てるようになったら私はハーブから卒業しますから。

    あ、でも今季はタイムとオレガノはなし。あとタラゴンも微妙です。すまん。

    シャクヤクの開花予測


    家族内で意見の分かれた品種の同定ですが、おそらく「窓の月」だろう、ということに落着。な図。

     窓の月



    一昨年、家裏の野菜の育苗に用いるビニールハウスを建てなおす時に、元あった場所から数メートル設営場所を移動させたのですが、その際に、どけたと思っていた芍薬が数株残っており、ハウス内の脇でひょっこり蕾を膨らませました。

    「窓の月」は、季聞屋のある美しが丘の西では中晩頃に開花する品種です。ハウス内だと生育が2週くらい早まることを考えると、露地畑で開花の早い、早生系の品種が開き出し、直売を始める時期はあと一週間後くらい・・・かなぁ…と思っています。相変わらず覚束ない物言いで申し訳ないです。

    一昨年は並外れて気温の低い時期が長く開花が遅れましたが、今季は3月、4月の水不足が祟っております。
    例年だと今頃にはポツポツ採花が始まっているのですが、開花時期の遅れが一昨年・今年と続くと、もう「例年」という言葉は当てはまらなくなってしまいますね。近日、ニュースの話題には事を欠かないこともあって取り沙汰されませんが、こんなに雨のなかった春もそうないでしょう。寒さによる開花の遅れとは異なり、品質的な面でも丈が伸びず、気をもんでいます。

    話を写真の「窓の月」に戻しますが、ウイルスの病を患い易く、季聞屋ではほぼ絶滅に近い所まで数を減らしてしまい、店頭に並ぶのは短いものが数本程度というトホホな塩梅で、今は亡きに等しい品種です。花弁の外輪にのみ紅色の墨を流したようなマーブル模様を描き、中心部にかけて極淡のピンクから白へとグラデーションがかった色合いを呈します。完全に開ききる頃にはほぼ白。こーゆー咲き方をする品種は、「開くまで」が見頃と個人的には思います。。

    それにしても予期せぬ一年ぶりのご対面。作っている本人が、「そうそう、芍薬ってこんな花だった。こんなモフモフ感だった」と、しみじみ。やっぱり嬉しい。



    ボリジ 萌芽

    ボリジが萌芽。青い小さな花を房成りに付けるのだけど、その花を白ワインに浮かべるとピンクに変わる。エディブルフラワーとして、きゃっきゃ♪言いいながら一人楽しむ予定。

    桜切る馬鹿

    政治の本質は失政にある。

    誰が言ったんだっけ。311以後そんな言葉が頭をチラホラよぎります。その失政を正していくのは長ーい目で見て最小単位の私達市民の役割なのだなぁと、当たり前ながらじんわり感じる今日この頃です。

    震災以降の農政に纏わることについて書いてたんだけど、書いては消して書いては消して…。あんまりにもドロっとしている上にジメジメな文になるので控えます。。まぁね。何も思わないハズはないわな。消費者(←この言葉微妙だけど)や小売業者の農産物の取り巻き方についても。

    遅かれ早かれ、私は日本から農家がいなくなると思っているのだけど、その先端がほの見えた311でした。「農業」は残っても「農家」は消えますよ。

    え?じゃぁ、季聞屋もなくなるのかって?

    うちみたいなのは小数点以下切り捨て。ハナから数に入っておりませぬゆえ 笑

    音楽を聴くのが蓄音器、レコードから始まり、それからカセットテープに移り、その後CDへ、今はダウンロードするのが主流になってもレコードを好む人は極一部におりますな。でも数字としては小数点以下切り捨てでしょう。うちもそれと一緒。



    桜切る馬鹿。しかもバッサリと。大馬鹿 な図。

    山桜 桜切る馬鹿
     

    私の部屋の窓から「高台」と季聞屋一家が称している畑が遠くに見える。名前そのままに小山の頂上に位置した我が家の畑である。

    朝、目を覚ますと窓を開けて遠くの「高台」を見る。するとこの時期、高台の畑の切れ際に、うちけぶったように朱に染まる一点がある。

    はずであった。

    高台の畑の淵際に山桜があったのだ。写真の通り、切ってしまったのだけど。。

    山桜は園芸種のソメイヨシノとは異なり、花が先に開き、花後に葉を展開させるのではない。花と葉を同時に展開させる。萌え出た新芽はモミジ葉のような緋の色をしている。

    そのため、遠目に山桜を眺めると、朱のモザイクが、ぼうっと浮かんだように見えるのである。

    私に取っての春は、この山桜が告げる少し遅い春であった。

    葉に隠れるようにして咲く山桜はソメイヨシノのような華やかさははない。生えた位置が畑の奥まった土手側の位置とあって季聞屋一家を除いて眺める人もいない。開花期はソメイヨシノが満開のピークを過ぎ、世の花見シーズンが終わる頃にポツリポツリと開きだす。

    誰に愛でられるでもなく、人知れず咲く桜。ソメイヨシノのどんちき騒ぎが過ぎた後、ひっそりと咲く桜。とりつくしまなく、勝手に私は一人で咲いてる感。私には、そこが、また良かった。柔らかな新葉に抱かれるように咲く姿に慈しみを思った。

    でも、これいつからあるんだ?

    父「随分前から」(←超アバウト

    母「嫁いできた頃にはあったわ」(←母の信用性ゼロ

    いつからあるのだろう。手をまわしても納まらない幹の太さである。

    生えた位置が悪かった。ちょうどお隣さんの境近くなのだ。山桜の寿命はソメイヨシノのそれより遥かに長い。あまりに大木になられると、やはり困ったことになるだろう。切ると言った父の判断は正しい。私もあと10年齢をとったら、そう言ったかもしれない。でもあと10年見たかったなぁ。

    のこぎりを入れて斬り粉が飛ぶたびに「あぁ、桜を切る馬鹿だ」と身を切る思い。でも、この枝、夏のインゲン豆に使う支柱の代わりにいいかも、と思い立つと、現金な私の目はさらりと渇き、涙もピタリ。その後はせっせと伐採。

    母はシイタケの菌を植えてシイタケを作れという。桜で出来るのはナメコだよ、母さん・・・。しかも最低2年くらいかかるんじゃ・・・。総出でやいのやいの騒ぎながら切り払う。小枝の処理も含めて二日半。切り終わって一息つき、坊主になった山桜を見ると、やっぱり寂しさが湧いてくる。あーぁ。切っちゃった。。


    命は巡る。またどこかでひっそりと芽吹き、知らぬ間に「随分前からあったような…」という日が来ることだろう。だから少しの間のお別れである。またいつか、私のそばでその花を咲かせておくれ。
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