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    ビッグダディ



    ・・・や、やるなぁ。ナント種苗。

    でぇらい  でぇらい   でぇらい


    その品種名に一分の偽りもない。確かに大変なことになっておられる。説明書きによると、

    「子供程度であれば乗っても大丈夫!!」とのこと。

    頼もしいやつだなぁ。スイカ割りに使ったら、確率は高かいだろう。だが、乗っても大丈夫というのだから相当皮が厚くて固いに違いない。ドーンと構えて、お前に割れるもんなら割ってみろよ的な・・・。

    うはー、かっけぇ・・・。ダンディスイカだ。


    さてその、でぇらい。

    作ってみて、お客さん皆でスイカパーティーでもしよっか。でも、その味については「食用も可」とだけしか書いてないんだよね。一応食べられますけど・・・、というニュアンス。

    包丁を入れて割るまではわくわく楽しくても、口に入れた瞬間、

    「あ゛~、やっぱりね・・・orz 」

    というビミョーな雰囲気が漂って、皆な無言になるんじゃなかろうか。それはちと悲しいな。


    うーん、でもちょっと気になる。


    ナント種苗さんにはminiトマトのピンキーでお世話になっている。さくらんぼを思わせる果実の艶と弾力のある果肉はうわさ通り魅惑的なものでした。いい品種を出しますねぇ。。

    0108ピンキー


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    あ、・・・・。(^-^;) 


    馴染みのお客様と畑でお会いした。

    A 「ちょっと、お兄さん!駅前の直売所に野菜を出してるって噂に聞いたんだけど本当!?」

    私 「あ、・・・・。(^-^;) 」 

    A 「どうなの?」

    私 「・・・本当です」

    A 「ごるぁ!!」

    マルチカラード2011 0209 マルチカラード 2011 0201

    そう、実は駅前の某直売所に置かせて頂いている。でも、トマトだけなんですよ。直売終了と同時にトマトも栽培終了となる予定だったのですが、今季は種まきが遅れたため、収穫開始が随分と遅れてしまい、まだ収穫が続いているのです。トマトのみで直売をする訳にもいかないなぁということで、母の配達がない時などは散発的にですが、駅前の直売所に置かせて頂いております。

    でも、ま、うちの直売所に来て頂いていたお客様はもし見かけたとしても、どうぞスルーしてください。馴染みのお客様にはやっぱり手渡ししたいもの。私の知らぬ所でお求めいただいているのは何となく歯がゆいものです。だからね、見かけても素通りしてくださいな。「あら、季聞屋のトマトを置いているなんてイイ所から仕入れてるわねぇ」と、大声で言いながらも買わずにスルーしてください。 (どんな客だよ

    いやー。人に売ってもらう、というのは結構イロンナ面倒事がありまして。詳細は省きますが、やっぱり、野菜は自分が売るのが一番いい。野菜にとっても、お求めいただくお客様にとっても、育てる私にとっても。

    置かせて頂く日が散発的であること、また「今季限り」(多分3月初旬頃まで)と思っておりますので店頭でのご案内は控えさせていただいた次第です。


    と、ここからは駅前の直売所でお求めいただいた方々に向けて。

    まずは、お求めいただきましてありがとうございました。野菜にネームカードを付けておりましたのでコメントを寄せて頂いた方もおられました。美味しく召し上がっていただけて何よりです。PCさんがトラブル続きで入院しておりましたので更新が滞り申し訳ないです。 

    寄せて頂いたご感想の中に「どーやって作ってるの?」的な質問を頂きましたので、ちょろっとさわりを書かせて頂きます。

    季聞屋のこの時期のトマトはハウス内にて、少量土壌培地というやや特殊な技法を用いて栽培に当たっております。

      少量土壌培地1   少量土壌培地2

    土の詰まったビニールバックを地面とは隔離して置き、そこに苗を植え付けて育ててゆくものです。

    トマトを含むナス科の植物というのは連続して同じ場所で育てると、俗に連作障害とよばれる土壌病害を患い易くなります。そのため、ハウスなどの決まった区画で同じ作物を続けて栽培するにはどこかで「土壌消毒」という、かなーり大変な作業が必要になります。もっともポピュラーで手っ取り早い土壌消毒の方法は「クロルピクリン」という農薬を用いるのですが・・・、

    まぁ、しんどいんだな。土壌の病害虫に抜群の効き目を発揮するのだけど、へたすると使う人にも結構なダメージを与えてくれる代物です。学校に通っていた頃に授業の一環で一度用いましたが、あの経験はあれきりでもう十分。生涯使いたくない。思い出すたびに吐き気が出ます。

    ってな訳で、優れものの少量土壌培地栽培。この場合の土壌消毒は至って簡単。土の入ったビニールバックを透明のポリ袋に入れて密閉。ハウスも閉め切って密閉。そんだけ。

    太陽熱でビニールバックの土の温度は70℃くらいにまで上がり、無用な雑菌のいないクリーンな土に。人と環境によろしい。

    また、この技法のもうひとつの利点は土壌の肥料汚染がないこと。

    ハウスで作る「甘い」トマトって、甘く仕立てるために結構高濃度の施肥になるケースが多いのです。水を切って栽培するのもそうですが、それに加えて肥料濃度を高くすることで、浸透圧差を設け水を吸いにくくさせるんです。そんなもんで、無用なほど多量の肥料が土壌中に溜まり溜まってということがあります。フルーツトマトって人には甘いけど、環境に厳しいケースが多いのです。

    少量土壌培地の場合は水に肥料を溶いて液体肥料を施すのだけど、その施量は育てるのに必要な分だけ。施した量とトマトが吸収した量とがプラスマイナスゼロ、廃液もゼロという設計を組んでいます。少ない培地だとその辺りの管理が楽なのですよ。だもんで、土壌への無用な負荷のかからない仕組みです。



    と、まぁ今回はここらで。

    どーやって作ってるか?という返答には、水管理や肥培管理、季節に合わせた温度管理、また用いる品種の特性、収穫熟度等が複雑に絡んできます。つぶさに書くと、読んで下さる方もグロッキーになってしまうやもしれないので。というか、書いてる私がしんどい。また折に触れてちょろちょろ書きます。

    少量土壌培地3


    色んな意味でトマトって扱いの難しい作物です。直売をしていてトマトでも複数の品種があると「どっちが甘い?」と良く尋ねられます。結局そこかよー、と思ってしまうのだけど、世に定着したトマトが青もぎして追熟させたトマトであることを踏まえると、仕方のない事かなぁとも思います。出来ればもう一歩先のトマトの魅力に取り組みたいのだけど・・・。

    手の内

    同業の知人が当園の野菜を称してこんな言い方をする。

    「おまえんとこの高飛車野菜」、あるいは皮肉気味に「なにせ、おまえんとこの野菜は野菜だもんな」

    はは。結構なことではないか。 最近、そう開き直れるようになった。自分で売り始め3タームが過ぎると図太くなるものである。

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    野菜は身近な存在である。大抵の人が毎日口にする。その一方で、『野菜は味がないもの』と思っている人も、実質的には多い。

    キャベツ1玉100円の大安売り!の名のもとに長蛇の列が出来る。はぁ、これ一体どんなキャベツなんですか…。店員に尋ねてみたところで「100円のキャベツです。」としか返ってこないだろう。列をなす人にどんなキャベツを望んでいるのかと聞いても同様に「100円のキャベツ」なんだろう。

    素材の良し悪しなんてありゃしない。ふわりと柔らかな春系なのか、それとも甘くしっかり巻いた寒玉か、その中間型か。そんなこと全くの無関係である。同じ春系でも金春より金系201、金系201よりも春波の方が好きなんだけど。調味料で味つけしちゃえば一緒じゃないの、ってそりゃ野菜に味がないってのと同じことだ。

    さー安いよ!キュウリの詰め放題だ!ビニール袋がはち切れんばかりに無理やり押し込まれるキュウリさん。農家はキュウリのイボが取れないようにと気を使い収穫するのですよ。(*1)なんとまぁ無残な姿になってしまって・・・。食卓の上のキュウリのやる瀬なさそうな顔が目に浮かぶ。 パンパンに詰まった袋の中には美味しさのかけらも詰まっていない。

    「美味しさの感覚」、埋もれていませんか。

    身近すぎて、いつしか会話のなくなった冷めた夫婦関係を想ってしまうのだけど。

    野菜を食べて、「おいしいと感じられる人」。それは、本当に極少数に思う。

    (*1)そういうわけで、大手種苗会社がイボなしキュウリ品種を開発。猛烈アピールしている。進化というか、もう何が何だかわからん。
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    私が直売を始めるにあたっては、その極少数の人を相手に商売をしようと思った。沢山の人に食べてもらいたい、なんてさらさらに思わない。「限られた人」のためだけであっていい。

    同業者からは結構冷ややかな目で見られた。「客を選ぶなんて偉そうに」

    なんというか、農家には食料を担っているという意識が根強い。
    でも、そんなの50年前の話だ。

    食べ物と生ごみの間に大差は、ない。

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    食べ物を大事にしましょう。教育課程の道中でそんなことをたまに耳にした。幾らか年を取り、見渡してみた日本の食事情。食品廃棄率は世界トップクラスでしたね。いえいえ、別にそれは食品企業さんのことではありません。極ふつーの家庭から出る廃棄量です。期限切れのもの、冷蔵庫の奥底に眠らせて捨ててませんか?

    一粒残せば目がつぶれる、そんな風に尊ばれたお米。今や、そのお米を作る人は労働対価時給200円そこいらに喘いでいますな。フェアトレードが必要なのって途上国だけの話じゃないんですよ。今年の米は猛暑の影響で品質が悪い?ならもっと安くしなさいよ、って、おぃおぃ、米の尊厳どこ行った?

    米も野菜もあってもなくても、どーにでもなっちゃう。パンがなければケーキを食べればいいじゃないの的価値観蔓延。皆揃ってお姫様。そんな人たちを相手にしてたら身が持たないってば。というか、それでみんな辞めて行ってるんじゃないの・・・。

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    そもそもの話が商売なのだ。「売る対象を明確に」なんて当然のことじゃないか。

    栽培の青写真に食卓を描いた。「美味しいね」と、好きな相手や家族と囲んだテーブルで、笑みがこぼれる豊かな時間を想った。野菜は、口にした人が自然とその味わいについて語りたくなるようなものであってほしかった。断じてギューギューに詰められるべきものではない。

    ワインのテイスティングをするように、角度を変えて眺め、鼻孔をいっぱいに広げて香りを味わい、触れたときの質感や手触りを楽しみ、調理する時には高揚を、包丁を入れるときには少しの躊躇いを覚え、口にする時にはドキドキ感が胸に広がってほしい。

    それを、ささやかながら果てない仕事、と思った。

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    販売にあたっては、野菜のすぐ脇に価格を表示することを辞め、一歩引いた位置に黒板書きにしてまとめた。価格の代わりに品種の来歴や調理についての説明書きを添えた。目に価格が映れば人は自ずと比べてしまうもの。突飛な値段を設けているわけではない。それよりも野菜の良さが目に映ってほしかった。一円でも安く?そんな人を相手にしていたら個人の作り手はひとたまりもない。というか、それは農家がすべき仕事ではない。

    取り扱う品目についても同一品目でいくつかの品種を扱うことにした。

    「ホウレン草」という言葉は、その人にとっては単なる記号にすぎない。だが、ホウレン草が東洋種と西洋種とに分かれていたら?どう違うのか?と、疑問を抱くのではないか。その疑問が湧いた時、「味わい」という当たり前のようでいて、忘れがちな琴線に触るのではないか。どうか思い出して欲しい。野菜って豊かなものなんだ。

    直売の販売時間についても1時間半と極短い幅とした。これは直売とは別口で母が配達に行く都合もあるのだが、短い時間にも合わせて通って頂ける人を対象にした時間だ。気軽に立ち寄れる距離感の人、その時間に接点のある生活サイクルの人。時間を長くとって間口を広め、浮動票のようなフリーのお客を相手にするより、深く付き合えるお客がいい。時間を絞ることで、より野菜の好きな人と向き合えると思った。

    そんな方はきっとマメに足を向けてくださる。 採りたての新鮮なものを、新鮮なうちに召し上がって頂ける。野菜は買い置きして冷蔵庫を肥やすものではない。野菜にとっても、お求めになるお客様にとっても、また、それを売る私にとってもベストな時間だ。三方よし。

    それに、足を運んで頂く頻度が高いほど、作り手はお客様の食卓を垣間見ることが出来る。きっとこの方はこの野菜が好きだろう。この方にはこんな食べ方をしてもらいたい、etc。週に一度程度の頻度で足を向けて頂ければ、その時お求めになられた野菜というのはだいたい覚えている。先日お求めいただいた○○はいかがでしたか?そう聞きたい。自分が育てたものなのだ。最後まで知る責任がある。

    そもそも野菜なんて、わざわざ遠くから通ってお求め頂く必要はないのだ。生活のリズムを崩して野菜を求めようとするとどこかに負荷がかかる。野菜か、またはお求めになる人か、作り手にか。

    その人の生活サイクルの中で、すぐに手の届くことが、野菜にとっても、それを売る人にとっても 、またお求めになられる人にとってもベストだ。だから、遠方より足を運んで頂いている方にはこう申し上げることにしている。

    「きっと近くに農業をする人はいるはず。その人を応援してあげて欲しい。」

    美味しかったよ、という一声があれば、農家はもっと美味しく作ろうと励みます。そんな訳でHPにはアクセスはない。

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    何時でも、どこでも、というコンビニエンスな世の流れから遠く離れ、ぽつりとキブンヤ。そんな斜に構えたスタイルをしていると必然とお客はふるいに掛けられ絞られてゆく。実はそんな風に、私は好きなお客だけを選んでいる。

    3年前の始めた当初、極極少ない人を相手にと思っていたけど、いつの間にやら横に広がったよう。美味しさは連鎖するものらしい。それは連なるパールのネックレスよりも幸せに満ちて美しい事だ。

    徹夜でどっさりと仕込んだ(←朝方には半ベソ)直売最終日、最後に会計を済まされたお客様を見送ると何一つ残りませんでした。挨拶がてらと、総出でお越し頂いたよう。ありがとうございました。でも、明日から自分たちの野菜どおする?

    会計待ちで並ばれた、見知らぬ客様同士がお話をされているのが耳に入る。

    「わ、すごい。ネギの買い溜めですね。ここのネギ美味しいですよね。でもそんなに食べるの?」

    「買い溜めというか、このくらいの量だと1週間内位ですぐ使っちゃうんですよ。うち皆ネギ好きなので。」

    「えー!どうやって食べてるの?」

    「あはは。それはですねー、・・・」

    わ。なんだか盛り上がってる様子。


    親身に野菜を語るお客様の姿の向こう側、豊かな食卓の風景を見た気がしました。


    そうそう、私こんな野菜作りがしたかったんだ。

    だから、また作りたい。

    本当に楽しい時間をありがとう。心から感謝。
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