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    Last run

    カステルフランコ129

    美しさにまつわる全ての修辞を欲しいままにさらったカステルフランコ。

    最終日になってようやく収穫。しかも2個だけ。

    もうちょっときれいに撮ってあげたかった。

    どこ方の手に収まるのやら。
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    good  job !

    俺、ダルマストーブ。

    焼くよ?の図。

    ダルマストーブ

    農家の仕事で「調整」という作業がある。収穫した作物を販売する荷姿に整えることをいう。虫害の受けた葉や枯れた葉を取り除き、束ねたり、洗ったり、袋に詰めた入り、といった作業の総称である。

    現在、季聞屋では日の沈む17時頃までに一通りの野菜の収穫を終え、そこから収穫した野菜の調整作業に入る。調整作業は概ね21時~22時頃まで続く。(農家は日没と同時に仕事上がりというのは都市伝説ですから。

    屋内での仕事ではあるが、畑の仕事と違って、動き回らず、ジッと座り込んでの仕事になるので非常に寒い。

    そこで、重宝しているのがこの子である。

    植木の剪定くずや、枯れ木から薪を作り、火を起こして暖をとる。非常に温かい。
    のみならず、ストーブの上で煮炊きができる優れもの。ブリ大根、おでん、ロールキャベツ、ポトフ、・・・etc、あらかじめ下処理だけしておいて、ストーブにかけて放置すること4~5時間。黙々とこなす調整作業の中、コトコトと音を立てた鍋の音が耳に優しい。じっくりと火が通り、柔らかく、煮汁によく馴染んでいずれも非常に美味である。

    「お前さん、地味だけどいい仕事するなぁ」と、家族に愛でられている。主役より脇役好きの一家である。


    yakiimo.jpg


    で、今日のストーブかけっ放し素材は「サツマイモ」

    「わー、キレイな飴色ー!」と、母がヤンヤとはしゃいでいる。

    あれ?サツマイモはもう販売終了って言ってたじゃない!という季聞屋フリークなお客様、別に出し惜しみしているわけではございません。だって人差し指くらいの長さしかないんだもの…。

    今季のサツマイモは非常にスリムな仕上がりでした。美味しいイモがいいということで、もともと肥料っ気のない畑にて、無肥料に近い形で栽培したため、美味ではあるけど非常にスレンダー。大きさの選別をして、幾らか大きなものをお客様にお出しすると、残されたイモは、皮をむくと食べる部分が消えるというmagic!なものばかり。

    今回ストーブにかけられたのは、私が「ゴミ」として捨てようとした所、母が拾ったものである。

    皮を剥く労力に対し、胃を満たす率が非常に小さい。

    「これは不公平なイモだ。」とか「超絶燃費の悪い車みたい。」とブツクサ呟きながら調整の合間に摘む。摘む。摘む。摘むこと10数個。

    私「あれ、お腹いっぱいになってきたかも・・・。」

    拾った薪で火を起こし、暖をとり、捨てようとしたイモを焼き、食し、腹が満ちる。

    父「こんな良い事ないじゃないか。」

    母「エコだわね。」


    なんか違うぞ母さん。

    季聞屋の夜更けの一幕である。

    サンプル

    たまに野菜の紹介としてサンプルの試食品をお出ししていることがあります。たどたどしい下手な野菜の説明を現物でごまかしましょう!という苦しい試みね。

    インターネットという半ば公的な場にシロートの料理写真を載せるのは憚りものと思い、記事にすることを慎んでいたのですが、「この試食品の調理法を さ っ さ とブログに載せて?」とソフトに怒ってらっしゃるお客様のご要望により、恥ずかしながら載せる次第。あぁ、どうか多くの人の目には触れなませんように・・・。やっぱり情報の出し方は最小範囲内でいいと思う。。


    サンプル 1月21日


    ココットに入れての1人前仕立て。もうちょっと盛り付けどうにかなんないの?とか大人は言わないこと。あくまで味見のサンプルですから…。

    調理法といっても、そんなご大層なものではなく、ごくシンプルなものです。あんまり捻くったことをすると、そもそもの味が分からなくなりますゆえ。


    ポロねぎはソテーしたものとマリネにしたものと2種。

    厚さは大人(男)の親指より少し大きい程度に切り分け、薄く小麦粉を叩いてオリーブオイルとバターで中火の弱火程度でじーっくりと火を通し、仕上げに香りづけとしてエクストラバージンオリーブオイルとレモン汁を合わせたもの少し。切り分けたときにあらかじめレンジで加熱してからソテーしても可。焼き時間がかなーり短縮できます。

    太さにもよりけりですが7分から12分程度塩茹で(きっちり芯まで火を通すこと)。水気をキッチンペーパーで取り、エキストラバージンオリーブオイル・白ワインビネガー・塩・コショウをよく混ぜたマリナードにしばし漬け置く。でも漬け置く時間がないので、いつも「和えた」程度でお出ししてます。一晩置いたほうが馴染んで美味しいよね。マリナードにはアンチョビをみじんにしたものやハーブを加えても美味。この辺はアレンジの利くものですね。

    ビーツもポロねぎ同様にマリネ。大きさの割に火を通すのに時間のかかる野菜です。今季のビーツはミニミニ仕立てのビーツですが10分程度は茹でました。皮付きのまま茹で(皮をむくと水に色素が溶け出る)、茹であがったら冷水に取るときれいにぺろりと皮はむけます。

    3種の蕪は切り込みを入れ、バターを加えた無水鍋(ピッチリとふたのできる平底の鍋ならなんでも可)で焦げ付かない程度に少量の水を加えてごく弱火でエチュベ。カブ自身の水分で蒸す感じ。加える水は呼び水程度。耳を澄まして、「くつくつくつ」という音が、水がなくなり「ブツブツブツ」という音になってきたらまた少し水を足し、柔らかくなるまで火を通す。切り込みを入れて加熱すると切り口が開いてくるので途中に塩を一つまみ振る。

    カーボロネロも蕪と同様。途中に柵に切ったベーコンとニンニクのスライスを加えたもの。本来なら煮込みで使うべきものですがサンプルとしてお出しするには時間のかかるものなので、こういった方法を取っているというのに過ぎないんだけど


    冬季直売終了のお知らせ

    お知らせ


                  1月30日(土)をもちまして、冬野菜の直売は終了とさせて頂きます。





    えっ?もうお終い?と口ぐちに言われる。

    いやいや、2か月半もやってましたがな…。週3日ですが

    じゃぁ、今度は春の野菜ね♪そうすると4月くらいからかしら?

    いえ、今度の野菜の直売は6月の半ばからとなりますです。


    季聞屋では春の野菜を作らない。春にも冬と同じような野菜を「作ること」自体は可能なのだが、冬の野菜の味わいには及ばないから。それは技術云々の問題ではなく、季節の問題だ。

    植物には「花芽分化/春化作用」と言われる現象がある。子孫を残すために花を咲かせる準備をはじめ、体内に花芽を作ることを指す。

    冬の野菜では一定量の低温に遭遇することによって、その花芽分化が誘導される。今お求めいただいている野菜の数々には肉眼では観察できないが細胞レベルで小さな花を内包している。

    ただ、その花芽は冬の寒さの中で動けない状態にある。気温が上向く暖かな陽気になると、その花芽を活発に活動させて茎を伸張させ花を咲かせる。これを俗に「トウが立つ」と呼ぶ。白菜やレタスなどの結球野菜や、葉ものの野菜、大根や蕪などの根菜類、つまりは冬野菜全般なのだが、「トウ立ち」すると、花芽の活動に養分を取られて食味が著しく低下する。


    春に作る野菜はこの「トウ立ち」が早い。品種による程度こそあれ、トウ立ちに追われて収穫をする。冬の野菜では、花芽の活動が休止しているため、一定期間、寒さに当てることが可能である。低温にさらされた野菜は凍るまいとして糖を高めるのであるが(砂糖水の方が氷点が低いから)、気温の上向く春の野菜では、冬ほどに甘みは載せられない。

    野菜当人としては待ちわびた春であるが、作る側にとっては望まぬ春である。

    望まれぬ春よりも待ち望んだ春がいい。

    そして、ここに春を切望するものが。

    芍薬 1月

    野菜に追われているうちに芍薬が萌芽している。そろそろ取りかからねば。季節を追っているのか追われているのか、時としてわからなくなる。

    野菜らしさ?

    「カブ臭いと言えばカブ臭いけど、(そこが)カブらしいとも言える」

    前項でそんなことを何気なく言ったがちょっと変な言い方だなぁ、と振り返ってみる。

    そう言えば、以前お客様から頂いた当園のニンジンに対するコメントに同じような違和感を感じたことがある。

    「ニンジン臭くて、ニンジンらしいニンジンよね。昔よく食べていた懐かしいニンジンの味だわ。」

    ニンジンを食べていてキュウリの味がしたら、それはニンジンらしくないと言っていい。でも、ニンジンを食べていてニンジンらしくないとしたら、そのニンジンとは何だろう。同じ文脈で言って、カブ臭くない「スワン」はカブらしくはないということになる。

    その人にとっての野菜「らしさ」を欠いた野菜が存在する。その「らしさ」は過去の経験により形作られるものだから。彼女はニンジン「らしさ」の出所を香りに求めた。私もまた、カブ「らしさ」を香りに求めた。過去の記憶と香りは意外にも太い糸で繋がっているのかもしれない。

    昔うちで作っていたカブの品種は何だったのだろう。

    当園が用いる橙色のスタンダードなニンジンの品種は「夏蒔鮮紅5寸」という何とも農家向けなネーミングをした品種である。父が就農した当初から用いていた品種で、少なくとも、もう40年近く前からある品種だ。毎年バンバンと新品種が生み出されるニンジンの品種全容から見ればかなーり大昔の古臭いものだ。

    「甘みが強く・ニンジンの臭みがなく・食べやすい」

    最新の種苗カタログによるニンジンの品種の売り文句にはこんな言葉が躍る。

    これからの世代の人達は「ニンジンらしさ」をそんなキーワードの中から形作るのかもしれない。どうも私は輪郭のない味に思ってしまうのだけれど。いや、切れ味がシャープというか、その場では美味しいと思っても、後で思い出そうとすると思い出せないような…。

    野菜の味わいは時代とともに移りゆくものだ。年代別に品種を揃えて作ってみたいけどそんなことばっかりやってちゃ経営破たんしちゃうよね(はあと

    父が子供の頃に食べていたという東洋種の大長ニンジンはどんな香りだったのだろう。来年少しでいいから作ろうかな…。

    黄色い冷や水

    「明日、季聞屋さんでしょう?晴れるといいねぇ」と、5歳になる姪っ子がテル坊を作ってくれた。


    テル坊とカブ4種


    左の子はちょっと意地が悪そうだね。

    テル坊とカブさんたち。

    中心のカブは本日店頭デビューの黄カブさん。

    販売元の種苗会社の説明は「黄色いカブです」のみ。困るのよ、そんな雑な説明されても。それなのに作る私も私だけど。

    濃厚な甘み、ほのかな苦味、重厚感のあるくすんだ香り、パープルトップのミラノと同系統の印象。味わいを形造る個々の要素の比率がいい。カブ臭いと言えばカブ臭いけどカブらしいとも言えます。洋種のカブってこうなんだろう。なかなかに味わい深きもの

    季聞屋が作るカブのスタンダードな品種は「スワン」である。ミラノや今回の黄カブにあるような苦味や香りの強さはない。だから一層と甘みを強く感じさせる。美味しいと思う。癖なく万人受けするタイプだけど、ちょっと優等生すぎやしませんかと、やっかみたくもなる。

    冷や水の差し役は黄カブに担ってもらおう。

    一党独裁はロクなことないからねぇ…。

    野菜と自然 (1

    「自然な味わい」「自然の甘み」

    美味しい野菜への形容にはよくよく「自然」という言葉が引き合いに出されるようだ。類似句だと「野菜本来の~」とかね。

    いやぁ、なんとも歯の浮くような表現である。
    少なからず野菜を「仕事」として扱う者はこの言葉を慎むべきと思う。

    野菜と自然とは相容れぬもの。自然のものは人を拒むのである。


    植物で「赤ナス」というものがある(*。その名の通り、小粒な赤いナスの実をつける。ユニークな姿であるため、観賞用に栽培され、時折園芸店でその鉢植えを見かけることがある。

    その赤ナスであるが、ナスの原種に近いものとされている。つまりは人の手の加わっていない、いわば「自然」のものである。

    私たちが食用するナスの祖先にあたるのだが、その赤ナスを一度食べてみたことがある。

    噛んだ瞬間、酷いエグミと苦味、渋みが広がり、口に入れたことを激しく後悔した。煮ても、焼いても食べられるものではないだろう。だが、これこそ「自然の味」。それは人の口に添うものではない。

    だが、これは別段ナスに限った話ではない。

    野菜のルーツを紐解けば同じようなことが他の野菜にも言える。キュウリの原種は赤くカラスウリ程度の大きさのもので、ひどいエグミがあるとして、食用には適さない。トマトの原種などは爪の先ほどの大きさのものでしかない。

    自然は種の繁栄を目的としているのであって、人のためにあるのではない。えぐみや渋みに磨きをかけ、自然は人に抗うのだ。

    自然のものに対して、人は口に添うようにと、これらに交配を重ね、改良を行うことで「自然のもの」から「野菜」へと変化させた。それは自然に抗い築きあげた「文化」に属するものであろう。これをよそに自然を謳うことはイメージだけを売りにした安っぽい詐欺に近い。

    そんな訳で自然といった言葉はザラりと逆立って季聞屋の耳に残るのである。


    (* あ、熊本の在来種赤ナスとは別物ね。

    アクセスを設けない

    HPをご覧になられた馴染みお客様から「直売所へのアクセスがないのはなんで?」との質問を複数頂いた。

    季聞屋のHPでは直売所へのアクセスを設けてはいない。

    野菜ってもともとはその地域のものだ。その人が暮らす街に根付くべきものだ。

    お客様の中には、「誰それから聞いて」と、はるばる遠方より足を運んでいただく方もいらっしゃる。身に余るありがたいことではあるのだけれど、季聞屋の野菜はそんなに御大層なものではないと思う。自分で言うのもなんだけど。

    「きっとお住まいの近くにも農業を営む人が必ずいるはずです。その方を見つけて応援してあげてください。」

    そんな風に申し上げている。よそ様の地域のパイまで奪うこともないだろうと思う。

    そもそもの話が直売をしている期間も、販売している時間も短いのである。それなのに大々的に宣伝しまくってもねぇ…。

    季聞屋の直売所が生活圏にあり、朝の時間にふらっと立ち寄ることのできるライフスタイルの方。つまりは直売所へ来ていただいたお客様にのみ知っていただくだけで十分である。そんなわけでアクセスを設ける必要がない。


    野菜も、情報も、そんなに遠くまで一人歩きはさせたくない。

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